なぜ日本の「中堅IT企業」は優秀なプログラマを囲いきれないのか (2)

なぜ日本の「中堅IT企業」は優秀なプログラマを囲いきれないのか。 さきほどは、本稿における「中堅IT企業」を定義し、その企業群が少なくとも統計資料やマスコミ発表資料では活発で伸びていることを紹介した。 その企業群で人手不足が解消されない。特に”デキる”“人財”が来ないし定着しない。そのようなボヤキも紹介した。

今回は、なぜ定着しないのか、私見を書き散らしたい。 下記するのは、見聞きした事例から作り上げた「モデルケース」でしかない。 少なからずの「中堅IT企業」で程度の差こそあれ発生していると想像しているが、広範なケーススタディを行ったわけではない。 くれぐれもこの点には留意されたい。

前回述べたとおり、2つの要因を示唆する。

マネジメント不全

まず、ひとつ目の要因は、マネジメント不全。 これは、書店に行けば事例が山のように報告されているので、説明の必要は無いだろう。

たとえば、この記事で端的に語られるような”症候群”が、会社を覆ってしまう。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/skillup/15/283861/121800004/

ネットを活用して伸びた企業の例とはいえ、この記事の筆者は不動産業の経営者だ。 また、読者層が特定業種に依らない一般的なビジネスパーソンだ。 よって、この”症候群”は(少なくとも日本の)企業全般に見られる問題といえそうである。

おそらく、IT企業も例外ではないだろう。 今回は、概ね300〜500名程度の「中堅IT企業」を対象としているため、より”既決感症候群” に罹患しやすいかもしれない。

“デキる”プログラマの多くは、程度の差はあれハッカー気質を持つ傾向があり、自らの手でハックできない物事をひどく嫌う。 “既決感”はハックを放棄した者がもつ感情 であり、その感情を持つ組織に”デキる”プログラマが染まることは ほぼ在り得ない。 解っているプログラマ勢からすると「そら定着しませんわ」としか言いようのない話である。

リソースの定義のズレ

ふたつ目の要因は、ソフトウェアエンジニアリング系の会社に特有のものと言えるかもしれない。 (しかし、私はその職場環境を知らないので想像を域を出ないのだが、もしかしたら、CADを駆使するタイプのデザインスタジオなどでも類似のことはあるのかもしれない。)

年収の壁とリソース

本題に入る前に、少しだけ一般論に寄り道する。

企業には、年収の”壁”がある。 各企業の方針には依るが、大抵の日本企業の場合、役員と従業員との間に設定されている。 スタートアップの場合、これは割とお手盛りだったりする。 しかし「中堅IT企業」の場合は、明文化された給与報酬体系として人事や経理といった間接部門が管理している。

その壁は、地域・業種・景気により変動する。 2015 年、私が主戦場としている領域、自動車業界に関連する組込みシステムの開発を行う中堅企業が首都圏事業所での壁は、概ね年収1000万円らしい。 ちょうどキリがよいので、文面を簡単にするため、(年収)“4桁の人”と”3桁の人”と呼ぶ。

3桁の人と4桁の人には、幾つかの違いがある。 しかし、キャリアポルノの本を書きたいわけではないので、細かいことは打ち捨てて、最大の違いにのみ言及する。

それは、リソースを活用する能力の有無である。

IT業界における2つのリソース

IT業界というのは不思議な業界である。 故スティーブ・ジョブズが”知の自転車”と呼ぶコンピュータをレバレッジとする知識集約的な産業であると同時に、”人月”という言葉に代表されるように労働集約的な産業構造を持つ。

言い換えると、IT業界で成果を上げるためのリソースは大別して2つある。コンピューティングリソースと、ヒューマンリソースである。 4桁の人になるためには、両方、最低限でも片方のリソースを駆使して利益に貢献する必要がある。

ここまでの話は、日本に限らない。 程度の差はあれインドだろうがカリフォルニアだろうが同じである。

日本のIT産業の構造

もう散々言い尽くされているので根拠をいちいち挙げないが、日本のIT産業は、多段下請構造により成り立っている。 言い換えると、ヒューマンリソースを上手く調達し活用した者が管理層として出世していく。 いわゆる「プログラマ○○年定年説」や「PG で下積みして SE に “出世する”」といったキャリアパスも、ここに由来する。 メインフレームを象徴とする SIer で顕著だが、組込みシステムなど広い分野でも、同様の傾向がある。

つまり、取締役にまで出世した「中堅IT企業」のメンバは、そのキャリアパスの最初がエンジニアであろうとも、ヒューマンリソースの活用能力により4桁の人になっていく。 これは別に悪いことではない。 経営層と言うのは、企業を潰さないことが最低限の責務であり、雇用を拡大し社会に資するのが期待される職位だ。

“デキる”プログラマの生産性の源泉

一方、”デキる”プログラマの少なからずにとって、生産性の源泉は、ヒューマンリソースの活用では無い。

むしろ、多くのプログラマはある種の古典的なオタクであり、対人交渉能力の高さは保証されない。 (少数ながら、社交性のある”デキる”プログラマも存在する。何事にも例外はある。) 彼らの生産性の源泉は、コンピューティングリソースの高度な活用にある。

3桁プログラマは、余剰な計算機資源を与えられても、それを使いこなすことができない。 32コアのCPUやPCIバス直結のSSDを与えられても、せいぜいExcel方眼紙で仕様を作る程度のことしかしない。 Excel方眼紙自身の善悪はとりあえず脇に置くとして、「豊富な計算機資源を与えるのは無駄だ」と経営層に見做されても仕方がない。 この辺りは、鶏と卵の問題ではあることは否定しないが。

一方、”デキる” 4桁プログラマは、計算機資源があればあるだけカイゼンのために使い切る。 CI サーバを立ち上げ、メトリクスコレクタを整備し品質管理し、ソースリポジトリと成果物リポジトリを分離し、チャットサーバを立ち上げ、チャットボットを投入する。 DBサーバを立て、Micro PaaS を立て、Excelデータベースは速成したRailsアプリに置き換えていく。

そうすることで、ヒューマンリソースが起こすエラーを可能なかぎり排除していく。 正しい意味での”ソフトウェア工場”を構築し、本人や所属したチームが、真に属人性が必要な、設計や開発に没頭しようとする。

特に、企業の戦略におけるチームの重要性が増していく局面の場合に、この傾向は顕著である。 コミュニケーションコストや不慣れな途中参加メンバが起こすヒューマンエラーがチームの生産性をどれだけ損なうのか、4桁のエンジニアは経験をもって身にしみている。

To be continued

「中堅IT企業」の経営層とプログラマの間で何がズレているのか、もう答えを示したようなものなのだが。 私見を纏めないでは「日記」にならないので、あと1〜2回引っ張る。